JUMP×back number

私は音楽を聴くとき「あ、これ〇〇ぽいなぁ」とJUMPのメンバーに重ねてしまうことが多い。とはいえ「声が合うから歌って欲しい!」と思うときとか、「この歌詞めっちゃ似合う!」とか、漠然としたイメージに勝手に当てはめているだけのいわゆる妄想みたいなものです。一度そういうことを考えてしまうとその曲を聴くたびにJUMPのことを思い出します笑

そういうの嫌いじゃないよ〜って人がいたら読んでくれたら嬉しいです!

今のところいろんなアーティストでやってみたいなぁと思っています!そんな感じで、ゆるっとやっていきます。

 

第一弾 JUMP×back number

それでは本題にいきましょう。今回はback numberさんの曲に当てはめてみました!back numberさんに関してはCDを借りたりYouTubeで動画を観たりする程度ですので悪しからず…。

 

山田涼介×そのドレスちょっと待った

山田くんが作詞した『Candle』の主人公が"山田涼介"だとしたら、『そのドレスちょっと待った』の主人公は"山ちゃん"って感じ。

 

『Candle』の中では

 

「よかったね、じゃ…またね」

「綺麗だよ、おめでとう…」

 

なんてちょっと大人ぶってる主人公が

 

『そのドレスちょっと待った』の中では

 

「へぇそうなんだよかったねおしあわせに」

 

なんて言っちゃったりします。かわいくない?言って欲しくない??その後に

 

言葉と真逆の気持ちに 自分も驚いてるよ

 

という歌詞が続くのですが、これが本当に山ちゃん。山ちゃんすぎる。(私的に)

結局この歌詞の結末は…?気になった方は是非聴いてください。『Candle』のアナザーストーリーだと思って聴くと面白いと思う。『Candle』の主人公も素敵だけど、『そのドレスちょっと待った』の主人公は人間くささがある。その対比を楽しみたい。

 

知念侑李×強化書

知念さんほんとに難しくて最後の最後まで悩んだ。でもここはシンプルに「これ言って欲しいな、、、」という理由で選びました。それがこれ。見ればわかる。

 

どっから見ても子供と呼ぶには
無理があるサイズになって
駄々をこねても可愛くないので
大人になりました

 

は〜これは言って欲しすぎる。この後に続く歌詞とかを深く考えてしまうとちょっと合わないかもしれないけど、この部分だけを決め手にしました。知念さんは一生「大人怖い」「大人って嫌だな」って言ってて欲しい。

 

中島裕翔×雨と僕の話

この曲を聴いた時に「えっこれって『Waiting for the rain』じゃん??」と思いました。『Waiting for the rain』はすれちがいからの別れ、未練たらたらの男性、というイメージがある。「遅すぎたね」って後悔したり、「今の僕は君の為に何ができるだろう」って自分を責めたり。それが『雨と僕の話』の歌詞に重なって裕翔くんが思い浮かぶ。

 

ついに呆れられるまで
直らないほど馬鹿なのに
君に嫌われた後で
僕は僕を好きでいられるほど
阿呆じゃなかった

 

うーーーーんこれは『Waiting for the rain』やないかい。という感じです。『雨と僕の話』で一番好きな歌詞は、最後の

 

終わったのさ ああ あるのは痛みだけ

 

というところなのですが、これは裕翔くんに冷たい顔して言って欲しい。雨でずぶ濡れになりながら言って欲しい。

 

岡本圭人×花束

これもシンプルに「言って欲しいなぁ」と思って決めました。いやほんと見ればわかるからさ。

 

どう思う?これから2人でやっていけると思う?
んんどうかなぁでもとりあえずは
一緒にいたいと思ってるけど

 

「んんどうかなぁ」とかもう圭人くんでしかない。そう思いませんか?笑

この曲は全体的に女性と男性のかけ合いだと私は思っているのですが、「どう思う?これから2人でやっていけると思う?」って圭人くんに聞きたい(涙) 聞きたいよね(涙)

 

そりゃケンカもするだろうけど
それなら何回だって何十回だって
謝るし感謝の言葉もきっと忘れないから
ごめんごめんありがとうごめんくらいの
バランスになる危険性は少し高めだけど
許してよ

 

この「ごめんごめんありがとうごめんくらいのバランス」っていうのも圭人くんぽいし、「許してよ」ってあの笑顔で言われたいよね(涙)

それしか言ってないですね、ごめんなさい笑

この曲最後にとどめの一撃があるのですが、そこも圭人くんでしかないのでもしよかったら聴いてください。心して聴いてね。笑

 

 

 

 

 

 

 

ということでここまで書いてみましたが、割と長くなってしまったので急遽7編とBEST編に分けることにしました!笑

また時間がある時に続き書きます!

ここまで読んでくれた方ありがとう!

もし「この曲の方が合う!」とか「この曲も合うよ〜!」っていうのがあったら教えてください☺︎

 

またね〜

 

#3 I wanna always be your sunshine


MUSIC DAY 2019 自担がシンデレラガール枠に選抜されました。そのときの私の感想は「わ~!光くんがシンデレラガール!?意外!!」という感じでまーーーあっさりしていたのですが。(誰もが狙っていたであろう枠なのに大喜びしなくてごめんなさい。) その時の私は『シンデレラガール』をKing&Princeのデビュー曲でドラマの主題歌ですごくきらきらした曲だなぁくらいにしか思っていなかったのです...。(ごめんなさい。)

そんなこんなで迎えた放送当日、テレビ前で全力待機していた私。「村上くんがんばってるな~。あ、光くんの声する!ふしぎ~!」なーんて呑気に観ていたら、"I wanna be your sunshine"の部分ですぅっと涙が出てきました。私ほんとにすぐ泣くので。ほんとのほんとにテレビの前でぽろぽろ泣いていました。だって光くんが!‟光”が!英語とはいえ『私はあなたの光りになりたい』(自分がこう訳しただけですが!)って歌ってるんですよ。これはもう泣くしかない。そんな光くんの名前の由来が『まわりを照らすための灯りになってほしいから』(Myojo 第39回 10000字ロングインタビュー より)なんです。泣くに決まってる。これ、選抜されたのは運命ですよね?(勘違い) この日から私にとってシンデレラガールは特別な曲になりました。本家じゃないのを聴いて特別な曲になったって...と思う方もいるかもしれませんが、歌詞をどうとるかは受け手の自由だと思っているのでどうか開き直らせてください。(ごめんなさい。)

 

ここまでで私が謝った回数。3回。担当グループ以外の曲の話をするのは勇気がいるのです。そして前置きが長くなりましたがここからが本題で、『八乙女光くんの名前が大好きだという話』をします。

 

八乙女光くんの名前といえばアイドル育成ゲームのキャラクターの名前みたいとよく言われますが(私はそちらの界隈は全く詳しくないです。)、私が光くんの名前が好きな理由は別にあります。

それは‟光”という一文字を目にするたびに大好きな光くんが頭に浮かぶからです。好きな人の名前を見るだけで幸せな気持ちになることってあるじゃないですか!!(勢い)それです。それだけなのですが、光くんの名前はそれにしても出現率が高い。そんな素敵な名前だと私は思っています。あなたは歌詞の中に自分の名前が出てきたことがありますか!? 私はないです。そして、カラオケでJUMPの曲を歌っているときふと思いつきました。「JUMPの曲って何回くらい‟光”って出てくるんだろう?」と。

そんなこんなで暇人大学生Hey!Say!JUMPの曲(ユニット、ソロを除く)全部で223曲、リストアップして‟光”が何回でてくるか数えてみました!!

※オフィシャルサイトのDiscographyから自分でリストアップして歌詞を検索して目視でカウントしたので抜けはあるかもしれないです。送り仮名を含み、読み方が違っても漢字ならすべてカウントしました。熟語内の‟光”は含みません。

 

ということでよければこのリスト見ていってください。

シングル曲

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アルバム曲

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アルバムごとの合計

(5月15日に更新した際に「Fab!多いな!?」と思ったので表にした。やっぱり多い!)

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どうですか?結構多くないですか?私の想像よりは遥かに多かったです。

つまり私はJUMPの曲を全曲歌うと82回(更新:83回)(更新:98回)も幸せになれるのです。何て素敵な名前なんでしょう。結局(相当な時間をかけた割に)数を数えて何がわかったかというとたったこれだけなのですが、数えてみてよかったです。たった一文字だけど、ひかるくんの名前が‟光”であるおかけで私はこんなにも幸せになれる。目の前がふわっと明るくなってキラキラと輝く。光くんを好きになったおかげです。光くんに出会ってなかったら82回(83回)(98回)、いやそれ以上、“光”という文字を見る回数分の幸せを失っていたかもしれないんですよ!!?!(激重)

 

まとまりのないブログになってしまいましたが最後に。

 

Dear.Hikaru

You are always my sunshine.

 

追記(2020/11/04)

また一つ“光”が増えました。幸せをありがとう。

この表が更新される幸せを噛み締めています。

 

 追記(2021/05/15)

ひさしぶりの更新になりました。三度目です。

このブログを書いた時の気持ちを忘れないために敢えて表以外は変えないようにしています。

その時はコロナウイルスなんてなかったね。前回の更新から今日までの間本当にいろいろなことがありました。悲しいこともありました。

でもそんな中変わらない“光”を灯してくれた八乙女光くん、Hey!Say!JUMP、本当にありがとう。

これからも“光”を集めていきます。

大好きだよ

 

#2 パレードは終わらない

『何にもなれなかった私がオタクになれた話』

私はとっても影響されやすいのに加えて思いついたら即行動するタイプだ。今までに「やってみたい!やりたい!」と思って始めたものはたくさんあっても、全部そこそこ。さらに熱しやすくて冷めやすい。こんなふうに言ってしまうといろんなことに手をつけて結局何も成功しなかったみたいに聞こえる(あながち間違ってはいないのかもしれない。笑)けど、それでも私はこの性格のおかげでいろんなことに挑戦できたし、無駄なことなんかなかったと思う。

 

シンデレラになれたのは夢の世界にいるときだけ。ピアノやサックス、トランペットはプロになれるほど実力がない。小説家や漫画家になれたのはせいぜい7ページ分くらい。作詞作曲もしてみたけど30小節が限界。写真の技術も動画編集の技術も月並み。劇の台本を作って監督みたいなものもやってみたけど仕事にはできない。アイドルや女優になれるような容姿だってない。ショーやパレードに出演できるほどのダンスの能力も歌唱力もなかった。

 

ちょっとでもなりたいなって思ったものは(今考えたらただのごっこ遊びかもしれないけれど)全部試しにやってみた。「ない、できない、無理。」ってネガティブな言葉ばかり並べてないで、どれかに絞って追究したらいいんじゃないかとちょっとだけ思うが、これまでに挑戦してきたことの全部が今の私の"大好き"に繋がってる。私の人生を彩ってくれる。それだけでも大きな収穫じゃないかって開き直ることにした。

 

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この"大好き"にHey!Say!JUMPが加わることになった話をしよう。

曖昧な記憶を脚色して作り上げた物語だと思って読んでくれたら嬉しいです。笑

 

私は「ジャニーズなんて」と思っていたタイプの人間だった。おそらく小学校の頃から自分の身近にいたジャニオタのRちゃん(今ならオタク用語で表現できる。多名義・多ステ・同担拒否!!!みたいなタイプだった。今じゃちょっとした追っかけみたいなことをしてるみたいで、さすがにもう関わってないです。)がすごく苦手なタイプの女の子でちょっと怖かったから「ジャニーズって怖い。ジャニオタって怖い。」というイメージが強かったんだと思う。

絶対私はジャニオタにはならないんだろうな〜なんて思っていたけど、Rちゃんの母と私の母が何故か仲良しだったこともあって、突然Hey!Say!JUMPのライブ(JUMPing CARnival)に同行者として行くことになった。中3の夏、高校受験に向けて勉強ばかりの毎日から少し逃げたかったのもあるし、Rちゃんの言うことに逆らうのが怖かったのもある…。

予習としてMVメイキングライブ映像などとにかく沢山のものを観せてくれたが、失礼なことにほとんど観た記憶がない。あんまり興味がなかったからだと思う。本当に失礼な人間だ、ごめんなさい。

でも人生ってほんとに何が起きるかわからないね。コンサートが始まってからはもうずっと心を掴まれっぱなしで、胸が踊って、ときめいて、ずっとドキドキしていた。9人の王子様が歌って踊っている姿、キラキラした演出や衣装に魅了された。かっこいい、かわいい、綺麗。ジャニーズのコンサートってこんなに凄いんだ。

それから毎日私はJUMPing CARのアルバムを聴いた。FCに母と2人で入った。買ってもらったばかりのスマートフォンでひたすら検索した。(過去にどんなことがあったか、メンバーの関係性とかもネットを通して知るしかなかった。)

今じゃHey!Say!JUMPのない生活なんて全く考えられない。飽きっぽい私がもう5年近くもオタクを続けている。これって凄いことだと思う。私じゃなくて飽きさせないJUMPが凄い。JUMPのおかげで、何にもなれなかった私はオタクになれた。


都合のいいように編集された記憶なので許して欲しいのだが、私がはじめてステージに立つ彼らを見た時、かつてやってみたくて挑戦したこと、それがきっかけで大好きになったもの、ぜんぶぜんぶJUMPが持ってるようにみえたんだ。キラキラしてた。私が見たことのない景色をたくさん見せてくれるかもしれないと思った。憧れの存在になった。

 

敵わない大きな存在や 叶わない夢を一つ一つ

無駄なものなんてないよ 人生を彩っていくんだ

 

今まで挑戦してみたたくさんのことを叶わない夢だったなんて決めつけないで、別の形で叶えるのもアリなんじゃないかと気づいた話はまたいつかしようかな。

#1 DREAMER

私は自分の好きなことを仕事にしたいのだ。

Hey!Say!JUMP、Little Glee Monster、ディズニー、料理、食べ物、音楽、映画、テレビ、ドラマ、旅行、裁縫、お絵描き、工作、ドレス、お花…。好きなことはこんなにたくさんある。

そんな私は子供の頃から、頑張ったら何にだってなれるんだ!なんだってできるんだ!という希望を胸にたくさんの夢を思い描いてきた。そして今も思い描いている途中である。できることならぜーんぶやってしまいたい。

だが、そろそろそんな呑気なことを言っている年齢ではなくなってきた。就活という現実がじわりじわりと迫ってきている。どれか一つに決めなきゃいけないのだ。

"You only live once." 自分自身と向き合って一度きりの人生をどう楽しむのか真剣に考えよう。

そういうブログにしていこうと思う。

(自分の好きなことを語るだけの時もあるかも。笑)

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私のやりたいことの根本は幼い頃から"人の心を動かすものを生み出したい"というところにあるのではないかと思っている。自覚し始めたのはつい最近だが、おそらく潜在的に、幼い頃から私の言動には誰かを喜ばせたいという気持ちが表れているのではないかと考えた。覚えている範囲で振り返ってみよう。

まず、幼稚園のときは似顔絵屋さんをやった。これは一冊の落書き帳から始まったものだ。私は、輪郭、髪型、目の形、眉毛、鼻の形、口の形、トップス、ボトムス、これら全てをお客さん(幼稚園のお友達や家族)が選べるように落書き帳に表をつくり、その要望通りに似顔絵を描いた。

次は小学生の時、学年まではっきりとは覚えていないのだが、自由帳に漫画を描いてクラスメイトに貸し出ししたり、クラスメイトや自分のオリジナルキャラが登場する雑誌なようなものを作り、これもまた貸し出しした。また、自分で台本を書いて出演者も集めて演技指導なんかもしたりして、昼休みに教室に特設劇場を作って演劇発表もした。チラシを作って学校中に宣伝して教室がぱんぱんになるほどの生徒や先生を集めた。(私が勝手にやりたいと言ったことを全力でサポートしてくれた当時の担任には頭が上がりません…。)

中学生の時には三年生を送る会での吹奏楽部の発表の演出(ただ演奏するだけでなくライトを使った演出やスクリーンを用いた演出もした。)をしたり、学年発表の総合監督みたいなものもやった。

高校でもひたすら吹奏楽に打ち込んで、聴いてくれる人を笑顔にする喜びを改めて感じた。運良く憧れのディズニーシーのステージで演奏することもできた。大好きな部活の先輩や同期、後輩を驚かせる誕生日のサプライズが大好きで、いつも何か新しいことをしようと頭をひねらせた。

 

こうして振り返ってみるとやはり私は人を笑顔にしたり、わくわくさせたり、感動させたりするのが大好きなのだ。自分のアイデアでたくさんの人を幸せにしたい。アイデアとまではいかなくても、自分の言葉や行動が誰かの幸せにつながる、そんな瞬間を感じられるような仕事をしたい。

綺麗事ばかりじゃない世の中だってことくらい私にだってわかる。辛いことや悲しいこと、世界中を見渡したらたくさんあることくらいわかってる。でもそんなこと言っていたって私の人生は一度きり、私は精一杯今を楽しみたい。自分の好きなことでできるだけたくさんの人を幸せにしたい!私にできるのはそれくらいだ。

 

希望のPiece集まれば 光り 笑顔 ほらPeaceになるよ